2012年1月17日 (火)

瀋陽に行きたい!

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(1年更新しないと消されてしまうため、ココログを消されないための更新工作です。からあげすみません。)

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2009年12月 3日 (木)

検索ワードランキング

みなさん、ご無沙汰しております!
ココログのブログは1年以上記事を書かないと、
ブログ自体をごっそり削除されてしまうため、(記事はココ)対策を考えました。

瀋陽生活。検索ワードランキング!

みなさんが、どんな単語でこのブログにたどり着いてくれたのかをココに書いて、
ココログから「瀋陽生活。」をいきなり削除されることを防ぐ時間稼ぎコーナーです!

1位:瀋陽→○良く出来ました。
2位:瀋陽 天気→○気になるよね。ちなみに冬は曇が多かったような気が。
3位:瀋陽 カラオケ→○中国のみなさんは歌が上手い。
4位以下で○な検索:
瀋陽 便利店(コンビニのような感じ)
瀋陽のパン屋(好利来は美味しいよね)
ビニールのれん(五愛市場の記事で書いたビニールのれん、寒気流入防止でお店の入口によくあります)
毛毛虫(名前はアレだけど、割と美味しい)

・・・番外編・・・

虫パン → 蒸しパン? それとも毛毛虫パンのこと?

しもやけ 写真 → あ、前にしもやけの写真も載せてたんだけど、バグが起こって今ないんですよね。それにしても「しもやけの写真」って何を見たかったんだろう…。ご期待に応えられなくて申し訳ない。

電子レンジ ボタン(検索多数) → ここにはありませんよ? あ、記事には書いたけど。

奥さん → よくここに辿り着いたよね(笑)

大阪城ホール自転車置き場 → だーかーら!

半年に一回、開催される予定の瀋陽生活。検索ワードランキング!
珍検索にご期待下さい!



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2009年1月 5日 (月)

明けましておめでとうございます

2009年、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
(基本的に瀋陽関連の記事更新はない予定です)

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2008年3月 5日 (水)

ココログより

ココログよりメールがきました。

---引用はじめ---
ココログフリーでは、1年間記事の作成のないアカウントにつきましては、自動的にココログのご利用を解除(アカウントを削除)させていただいております。
この制約は、ココログを開設したまま放置されることを防ぐ目的があります。
ときどきココログの管理画面にログインしていただき、スパムコメントやスパムトラックバックなどがないかチェックを行ってください。

※ココログベーシック・プラス・プロをご利用のお客様につきましては、1年間記事の作成がない場合も、アカウントを削除することはありません
---引用おわり---

本来であれば、同じテーマ(ここなら瀋陽・中国関連)でまとめたいので、他のテーマはこちらに書きたくないため、置いておきました。でもアカウント削除されては困りますので、ココログベーシックにするか、他のサービスへ行こうするか検討中です。決まりましたらまたこちらでお知らせします。

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2007年4月15日 (日)

45.帰国後一年が経過

私は記念日の類が大好き。
人生における節目は意識したいし、何よりイベント好きなので、男女問わず大切な人の誕生日にはなるべくその日の0時きっかりにメールすることにしている。

私は去年仕事で中国にいて、去年の本日、4月15日に帰国しました。(実は私は忘れていました!)
当時、中国語がほとんど話せない私にずっと通訳者がついてくれていました。その彼女がくれた信(手紙)に書かれていたんです。

これは手紙の一部。

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カレンダーを見たら、今日は4月12日です。
○○さんは(私の名前)今週の日曜日で中国を離れてまる一年になります。月日の経つのは早いものですね。私は1年前に入社したばかりです。その時、私は日本語が下手で、仕事には間違いだらけで、すごく不安でした。

○○さんは帰国後も日本語の敬語便利帳や日本語辞典を送って頂きました。それは仕事のためかもしれません、でも私にとっては、それは鞭撻と激励であります。それをきっかけに私は一生懸命に勉強することを決心しました。
私にとっては、中国語の言葉"良師益友"に当たります。本当に良い先生、良い友達です。宝物で、一生尊敬して大切にします。

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私が中国に来て最初の1ヶ月間、通訳者がいなかった。私は分からない中国語と格闘し、また慣れない環境でかなり孤独だったので、夜は日本にメールしたり友達とチャットで話したり、とにかく日本語に飢えていた。30過ぎた女が夜中に一人で毎日のように部屋で泣いていた。(そのさまはまさにホラー映画といえる)

そんな時に来てくれたのが彼女だったのです。日本語は高校の授業で勉強したという彼女、平日はずっと一緒、休日も買い物へ街に出掛けたり、とにかく一緒にいる時間が長かった。

手紙を読みながら、改めて周りの人に感謝する気持ちを忘れないようにしようと思った節目の1日でした。

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